2016年11月12日土曜日

無理やりキャラづくりをしてみても結局うまくいかない

本来僕は

自由な男

だったと思う。

小学生の頃くらいまでは。



自由な発想

自由な動き

自由なポーズ

自由な発言





特に動きとポーズには定評があり、

小学生のころは


毎年欠かさず大怪我をしていたほどだ。



そしてウチのおかんヌは、

「あの頃のアンタがいちばん輝いてたよ」


というほどだ。


但し、

これは親のひいき目である。



社会的に見れば、

社会性に欠けた

自己主張の強い

ウザい

子どもだったかもしれない。






しかし今はどうだ?

…ワリと普通だ。

普通に

社会人を

こなしている

29歳男子である。




これは成長か?


けれども、

圧倒的に面白かったのは

前者の頃だったと、

思うのである。






色気づき、羞恥心が自分に蓋をしだした中~高時代




中~高時代、

この頃から

自分がうまく表現できなくなっていったような気がする。


いや、

うまく表現できない

ではなく


自分の中の少年を

恥ずかしい

と思うようになり

少年を

心のある部屋に

閉じ込めたのだ。



しかし、

本来の自我たる

自分の中の少年は

モンスターレベルで

我が強く、

閉じ込めていても

あふれるその

野生のエナジーは

色気づいた表面上の自分と

反発し合い

バランスを欠き、


結果、

「キモイ」と

時々言われるようになった。


また、

いつの間にか

「ホモキャラ」の

ポジションも獲得していた。



そういえば、

小学生のころの僕は

確かにジェンダーさえも

超越しようとしていた。

そのケが、

完全に

身振りになって表れていた。




色気づいた僕が

最初に実践した

イケメンキャラづくり の

失敗である。



最大限の賛辞が


「カッコはいい」



だった…








イケメンになりたくてもなれない僕が生み出してしまったあんこくの仙人キャラ




しかし、

それでもなお

僕のイケメンキャラへの

渇望は続く。


次は大学だ と

言わんばかりに

見知らぬ土地に

期待を抱いていた。




しかしここでも、

僕はバランスを欠く。



ここで

はっきり言おう。



僕の心は

本質的に

イケメンではないのだ。


どんなに見てくれを強化しようと、

イケメンを装おうと、

イケメン風のことを言おうとしても

バランスを欠く。



…もういっそのこと、

出してしまえばよかったのだ。

僕の中の

当時いちばん輝いていたと

母親に言わしめた

少年を。



しかしそれを恐れた僕は、

また更に

少年をより厳しく

閉じ込めることに

ベクトルが向く。





その結果、

生まれたのが

悲しき

あんこくの


仙人キャラ である。





(当時の僕)

もう大学のチャラいノリにはうんざりだ。

大人のイケメンとして

2歩3歩先に到達したオレは

一人で哲学やことわざでも

学習して、

なんかあった時に

気の利いたことを言って、

その洗練された

仙人イケメンぶりを

発揮してやるぜ!
 



こんな感じで、

自らを仙人と称し、

引きこもりだした

新天地での1~2年間は





当然




あまり友達がいなかった。









ほんとは


すんんんんんんげんぇえええ、



遊びたかった。

サークルとか、

入りたかった……









かくて生まれた

仙人キャラ であったが、

その時学んだ

哲学やことわざが

今活かされているかというと

ほぼ皆無である。


ことわざ なんかもう忘れてしまった。






灯台下暗し しか

ぱっと思い出せない。






僕の心は

本質的には

人と接することを

望んでいる。


人に

笑われたり、

喜ばれたりするのが

大好きな

少年 なのだ。






その本質を無視して

無理やりキャラづくりをしてみても

結局うまくいかないと

いうことだ。









全くこんなことになるなんて…


灯台下暗し だった。






おわり

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